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POTTERINGFUN ~自転車のある風景~

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きみお&こなつ

  • Author:きみお&こなつ
  • 折りたたみ自転車で風が吹くまま気が向くまま自由でのんびりポタリングライフを満喫。写真を中心に過去のポタリングの様子を紹介していきたいと思っています。メインサイトの「首都圏・折りたたみ自転車小さな旅」と同様、よろしくお願いします。
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BLUE TICK

新冠川河口

2012/01/31(火) 21:45:20



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日高山脈を源に太平洋に注ぐ新冠川の河口付近の風景。
河口付近にはJR日高本線の新冠古川橋梁が架けられています。
2003年8月に北海道太平洋岸を襲った台風10号では橋脚が流出するという大被害があった場所でもあります。
2011年7月
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新冠川

2012/01/30(月) 20:01:54


日高山脈にある日本百名山にも選ばれている幌尻岳を源に太平洋へ注いでいる新冠川。
河口付近の土手下には牧草地もあり競走馬の姿もちらほら見られました。
新冠川はサラブレッドの川渡りを見られる川としても知られています。
2011年7月
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牧場の納屋

2012/01/29(日) 20:54:17


緑鮮やかな広大な牧場に片隅にある納屋。牧草地帯ではあちこちで見られる風景です。
納屋の前には乾草とサイロ、そして、真っ赤なトラクターと北海道らしい風景が広がります。
2011年7月
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競走馬のふるさと

2012/01/28(土) 21:51:32

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サラブレッド銀座に面する牧場は競走馬のふるさと。広々した牧場内を自由気ままに動きながら過ごしています。
馬は、警戒心と同時に好奇心の強い動物で遠くから私たちのことを窺っている様子。
危害がないことを察するとじわりじわりと近づいてきます。
その後、興味が薄れたのか遠くへ行ってしまいました。
広々した牧場の中でのんびり過ごす馬の姿を見ているだけで何となく癒される、そんなサラブレッド銀座でした。
2011年7月
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サラブレッド銀座通り

2012/01/27(金) 20:58:03

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新冠の道道209号線は通称サラブレッド銀座通りと呼ばれ道路の両脇に広大な牧場が広がります。
道路と牧場との間は低い木製の柵があるだけで間近でサラブレッドの姿が見られます。
私たちのことなど全然気にする素振りもなく牧草を悠々を食べる馬たちがほとんどです。
2011年7月
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サラブレッド銀座駐車公園

2012/01/26(木) 20:53:08



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国道235号から分岐して道道209号へ少し入ったところにあるサラブレッド銀座駐車公園。
少し高台にあり広大な牧場風景が広がる展望が眺められます。
この通りにはサラブレッドを育成する牧場が8kmほど続き、サラブレッド銀座と呼ばれています。
2011年7月
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清水沢駅

2012/01/25(水) 23:20:33



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JR北海道石勝線の夕張支線の清水沢駅。
夕張が炭鉱で繁栄していた時代には石炭を運ぶ貨物列車が多く往来していた駅でもあります。
当時の様子が窺えるかのように多数の側線があったようで線路構内は広々しています。
現在、ほとんどのレールは撤去され線路は1本のみとなっていました。
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幸福の黄色いハンカチ

2012/01/24(火) 21:21:49

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1977年(昭和52年)10月1日に公開された山田洋次監督作品の「幸福の黄色いハンカチ」。
主演の高倉健さんと倍賞千恵子さんが再会する感動のラストシーンのロケ地となった夕張の炭鉱住宅。
ラストシーンの感動が蘇ってくる無数の黄色いハンカチが掲げられています。
また、屋内には映画ロケで使用された車も展示されています。
2004年6月
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北炭清水沢炭鉱繰込所

2012/01/23(月) 21:02:09



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1947(昭和22)年に開鉱した北炭清水沢炭鉱繰込所。
炭鉱の鉱員はここで入坑の準備した後に立坑から坑内に入って行きました。
現在、別会社の事務所や倉庫として使用され、当時の様子は窺えられず、外観のみが当時の姿を伝えています。
2011年7月
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高台から見た夕張の炭坑住宅街

2012/01/22(日) 20:45:36



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少し離れた場所の高台から眺めた夕張市の清水沢青陵町の炭鉱住宅街。
山の向こうには北炭夕張新鉱があり炭鉱で働く多くの人々が炭鉱住宅で暮らし活気づいていました。
北炭夕張新鉱は1981年(昭和56年)10月16日に93名もの犠牲者を出すガス突出事故を発生。
大惨事となり、翌年の10月に閉山しました。
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北炭真谷地炭鉱跡

2012/01/21(土) 23:15:22



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良質な原料炭を産出しながら操業を続けてきた北炭真谷地炭鉱。
夕張で北炭として操業していた最後の炭鉱でしたが、1987年(昭和62年)に閉山しました。
最後まで操業していた炭鉱ということで山深い場所まで訪れましたが、ほとんど解体され更地と化していました。
数年前に当時使われていた総合事務所と資材倉庫が解体されたそうです。
草むらで物音がしたのでクマ出没かと緊迫しましたが鹿でした。クマがいても不思議ではない環境です。
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夕張の炭坑住宅

2012/01/20(金) 21:00:03



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夕張が炭坑で活気づいていた時代に次々と建設された炭坑住宅。
炭鉱閉山後の炭鉱住宅を市が引き取ったものを市営住宅として再活用しているようです。
住宅の多さとは裏腹に人の気配をあまり感じられず空き家も多いようでひっそりしていました。
2011年7月
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北炭清水沢火力発電所

2012/01/19(木) 18:42:25



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昨日紹介した清水沢ダムの堰堤からは平成3年まで稼働していた北炭清水沢火力発電所の廃墟が見られます。
夕張近郊の炭鉱で使用する電力を賄うために造られました。見えている構造物は1941(昭和16)年に完成。
国内有数の規模を誇る炭坑用火力発電所として夕張の炭坑に電力を送り続けていました。
夕張に残された巨大な炭鉱遺産ですが、現在、解体工事進行中ということ。その姿も消え去る運命です。
2011年7月
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清水沢ダム

2012/01/18(水) 19:38:19



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炭鉱の自家用発電施設として1940年(昭和15年)5月19日に完成した民間企業所有だった清水沢ダム。
炭鉱の閉鎖と共に現在は北海道企業局へ移管されています。
何とも古めかしい光景が広がり一昔前のダムといった雰囲気が伝わってきます。
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国道452号

2012/01/17(火) 20:56:10


夕張市と旭川市とを結ぶ国道452号。
1993年4月1日に一般国道として認定されるものの、芦別市幌内と美瑛町五稜の区間が不通で未開通です。
経路の大部分が無人地帯でガソリンスタンドやコンビニはもちろん人家すらない区間が長く続く国道です。
2011年7月
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高松跨線橋

2012/01/16(月) 19:33:11



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北炭夕張炭鉱専用鉄道のレールが敷かれ石炭を積んだSLが往来していた場所。
この線路の上に1936(昭和11)年、高松地区の住宅地と高松の炭鉱浴場を結ぶ橋として建設された高松跨線橋。
炭鉱そのものや線路、炭坑住宅などが消えた今でも跨線橋は当時のままの姿を残しています。
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夕張市石炭博物館

2012/01/15(日) 19:19:22


石炭産業の博物館としては国内最大規模を誇っている夕張市石炭博物館。
石炭ができる過程や炭鉱の仕組みをはじめ、石炭と炭鉱の全てを見て、触れて、学べる夕体験型博物館です。
2011年7月
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花畑牧場夕張店

2012/01/14(土) 21:18:35



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タレントの田中義剛が牧場長をつとめる北海道の花畑牧場。生キャラメルで一躍有名になりました。
経営する牧場は十勝地方にありますが、2009年に夕張に直営ショップやカフェなどの複合施設をオープン。
施設の建物の一部は夕張サイクリングターミナル「黄色いリボン」を改装しています。
夕張からもサイクリングターミナルが消えてしまい残念な気持ちになりました。
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夕張市立ゆうばり小学校

2012/01/13(金) 21:31:42



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炭鉱が繁栄していた時代には夕張市内には22もの小学校があったそうです。
その後、児童数の激減にともなって6小学校と減りました。
昨年の4月、残った6小学校も1校に統廃合され夕張市立ゆうばり小学校となりました。
1ヶ所に統廃合された夕張の小学校。
徒歩で通うことのできない児童も出てきて課題山積。
子供達の教育現場にも市の財政再建の影響が出ているように感じます。
2011年7月
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夕張市立夕張小学校

2012/01/12(木) 20:20:11



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2007年に財政再建団体に指定されて事実上財政破綻した夕張市。
市の財政が破綻し財政再建団体となり、財政再建に向けて行政のスリム化など様々な動きがあります。
そんな中、夕張駅にほど近い場所にある夕張市立夕張小学校も2011年3月31日をもって閉校されました。
閉校された建物の入り口には「28年間ありがとう!」の文字がひっそり掲げられていました。
校舎はそれほど古びた感じではありませんが、財政再建の影響が公立小学校にも出ているようです。
2011年7月
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のんきや

2012/01/11(水) 21:23:52

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炭鉱が栄えて夕張の街が活気づいて時代からラーメン店として営業している「のんきや」。
私も10年ほど前に初めて訪れ、すっかり「のんきや」の大ファンになりました。
当時、今にも壊れそうな建物の中で背中の丸まったお婆さんが一人で店を切り盛りしていました。
2枚目3枚目の写真が10年ほど前の写真になりますが、お店の前には野良猫たちがのんびりする光景も。
昨年、久しぶりに「のんきや」を訪れると建物は新しくなりお婆さんの姿も見られませんでした。
5年ほど前に他界され、現在は娘さんが跡を継いで亡き母の味を受け継いでいるそうです。
あっさりしていて昔懐かしい「のんきや」のラーメン。
これからも北海道を訪れる機会があったら遠回りしてでも訪れたいラーメン店です。
2011年7月、2004年6月
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夕張の裏通り

2012/01/10(火) 20:50:01

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かつて炭鉱の街として栄えた夕張。寂れた街の裏通りを散策すると古びた家や廃屋が目立ちます。
人の気配が感じらない狭い路地には、ここで暮らす野良猫たちが多くみられました。
2011年7月
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ゆうばりキネマ街道

2012/01/09(月) 20:20:14

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炭鉱の町から映画の町へとイメージを変えつつある夕張。
街の中心地近くには、映画看板がずらっと並ぶ「ゆうばりキネマ街道」があります。
邦画、洋画を問わず、往年の名作映画看板があり映画ファンにとってはまさに至福の時間になることでしょう。
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夕張駅

2012/01/08(日) 20:06:11

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モダンな洋風な建物が印象的な夕張駅。駅舎の裏手にまわるとローカル線の終着駅らしい雰囲気が感じられます。
駅の前にある大きな建物はホテルマウントレースイ。夕張を代表するリゾートホテルでもあります。
2011年7月
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上砂川町の街並み

2012/01/07(土) 19:18:25



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上砂川町もかつては炭鉱の町として栄え、戦後のエネルギー資源供給で日本の高度経済成長を支えてきました。
エネルギー政策の転換により炭鉱は閉鎖、やがて、労働者が次々と去って街は寂れていきました。
上砂川町中心地の裏手を散策すると当時のままの街並みが今も残り、時間の流れだけを感じさせてくれます。
2011年7月
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函館本線上砂川支線跡地

2012/01/06(金) 19:43:12

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1994年(平成6年)5月16日に全線廃止された函館本線上砂川支線の跡地を少し散策してみました。
上の写真は上砂川駅近くの風景。線路跡は幅広くて上砂川駅の構内が広かったことが窺えます。
下の写真はもう少し進んだ場所でレールは撤去されたものの線路跡だという雰囲気でした。
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上砂川駅(悲別駅)

2012/01/05(木) 20:06:11

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JR函館本線の支線の終点だった上砂川駅ですが、平成6年(1994)5月16日をもって廃止されました。
元々、三井砂川炭坑の石炭輸送が主力の路線でしたが、炭坑の閉山が理由で廃線。
倉本聡脚本のテレビドラマ「昨日、悲別で」のロケ地になり、ドラマでは悲別駅として登場しています。
現在も駅舎や客車などが保存されています。
ドラマ終了後は多くの観光客が訪れたようですが、現在は訪れる人も減って静寂さが漂っています。
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悲別ロマン座

2012/01/04(水) 11:05:55

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旧住友上歌鉱会館で炭鉱で働く職員の厚生施設として映画上映や舞台公演の会場として使用されていました。
昭和59年(1984)に放送された倉本聰脚本のテレビドラマ「昨日、悲別で」の中で悲別ロマン座の舞台。
ドラマは炭鉱町で育った若者たちの心の交流を描いた物語。
「北の国から」を手掛けた倉本聰脚本ということで「昨日、悲別で」は幻の名作といわれています。
現在、YouTubeでドラマが見られるということで全ストーリーを見ました。心に残る名作ドラマだと感じました。
2011年7月
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新歌志内トンネル

2012/01/03(火) 21:50:02

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赤平市と歌志内市とを結んでいる新歌志内トンネル。2003年4月15日開通した延長1,025mの山岳トンネルです。
かつて両市は石炭産業で栄てピーク時には、赤平市は59,430人、歌志内市は46,000人の人口がありました。
後に石炭産業の衰退とともに人口が激減し現在は赤平市は12,375人、歌志内市は5千人を切る4,361人の人口。
歌志内市は日本一人口の少ない市。新歌志内トンネルは過疎地を結ぶトンネルでもあります。
2011月7月
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旧住友赤平炭鉱立坑櫓

2012/01/02(月) 20:55:45

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炭坑の街、赤平を象徴していた旧住友赤平炭鉱立坑櫓。
住友最後の主力炭鉱として採掘が続けられ、平成6年2月に閉山しました。
空知地域に残る炭鉱関連施設の中でも住友赤平炭鉱櫓が最も保存状態が良いそうです。
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